2007年09月10日
雑穀アドバイザー
奈美悦子さんが取った雑穀アドバイザーという資格。
こんな資格があるなんて本当にびっくりです。
穀物は人間の原動力。わたしも少し勉強したくなりました。
女優奈美悦子(56)が、日本に36人しかいない雑穀アドバイザーの資格を取得、著書「雑穀美」を12日に発売する。04年に手や足に発しんができ骨や関節が変形する掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)を患ったことで食生活を徹底的に見直し、出合ったのが雑穀だったという。「20代と30代に、20日間も便が出ず救急車を呼んで入院したこともあった。ひどい便秘だったのに雑穀でお通じがよくなり肌の調子がいい。その力を広めたいと思いました」。
05年12月に「雑穀エキスパート」今年2月に「雑穀アドバイザー」を取得。来年は、新設される「雑穀クリエイター」を受験する予定だ。朝9時から講習を受け7冊のテキストで栄養学などを勉強。ノーメークでマスクをつけ本名の「並川悦子」で受講した。「落ちたら恥ずかしいから。40年ぶりに勉強しましたよ」。
現在、長男の俳優並川倖大(31)と同居。倖大も雑穀を食べており「お嫁さんを手ぐすね引いて待ってます。雑穀が嫌いな人は、うちにふさわしくありません!」。病気をしたからこそ出会った資格。「転んでもただでは起きませんから」と最後まで奈美節は健在だった。
日本の穀物
50年前の日本では、米はもちろん、ひえ、あわ、きびなどの雑穀が広く食されていました。栄養も豊富、主食の原点である雑穀の歴史を、縄文遺跡、古事記、江戸時代の農民食からたどります。
雑穀は弥生時代以前から食べられていました日本の歴史において縄文時代の食は採集・狩りが中心の社会でした。その後弥生時代に入り水田農耕が始まったと一般的に言われています。
しかし、日本各地の縄文遺跡からは、穀物などをすりつぶす時に使用する石臼や農耕用の打製石器、植物の種子や花粉が発見されており、縄文人がナッツ類・イモ類中心の食生活に、ひえ、あわ、きびなどの雑穀を取り入れていたのではないかという結果が出ています。
つまり今から五千年ほど前の縄文時代早期末?中期にはひえ、あわの利用があり、栽培が開始されていたと推測され、縄文時代後期?晩期には、稲、麦をはじめ、各種雑穀の利用が列島各地にまで広がっていたのではないかと考えられます。
今や歴史は塗り替えられ、縄文時代に雑穀類を中心とする農耕があったという歴史が定説になりつつあります。
『古事記』からわかる雑穀「五穀」というと今では日本人におなじみの言葉ですが、もともと中国の「陰陽(おんみょう)五行説(ごぎょうせつ)」に由来し、生命の源となる基本的な食べ物を指します。日本最古の歴史書である『古事記』によると、五穀について次のように記した、有名な雑穀誕生の神話があります。
乱暴をはたらいて高天原(たかまがはら)を追放された須佐之男命(すさのおのみこと)が、大気都比売(おおげつひめ)という女神に食べ物を分けてもらったときのこと。食物神である大気都比売(おおげつひめ)は、求めに応じて、鼻、口、尻からさまざまな食材を取り出すが、それを見た須佐之男命(すさのおのみこと)は、怒って女神を殺してしまった。
すると、女神の屍(しかばね)から穀物が芽生え出す。目に稲、耳に粟(あわ)、鼻に小豆、陰部に麦、尻に大豆が生えたのだ。
これは、大地に戻った女神の体が、植物の栄養になったためであろうと考えられています。
◇豆知識
五穀誕生神話をもっと分かりやすく解釈してみましょう。
「鼻」から生まれた小豆
紫外線を浴びやすい鼻は紫外線の害を防ぐアントシアニンで防御します。
「脳」から生まれたあわ
脳に近い「耳」は、あわのビタミンEで血流をよくしビタミンEが体の若さを保ちます。
「尻」から生まれた大豆
尻の便通は、整腸作用のある大豆が有効です。
「陰部」から生まれた麦
ビタミンB類とアルギニンが多く子宝に恵まれます。
江戸時代の農民食コメが主流になったのは、江戸時代中期からです。それは都会部の話で、農民食は相変わらず雑穀混炊が一般的でした。
ところが、憧れの白米を常食していた江戸では、脚がむくみ手足がしびれる奇病が多発しました。その病気は“江戸患(わずら)い”と呼ばれ、今でいう脚気(かっけ)です。白米の偏食によるビタミンB1の不足が原因でした。もちろん、雑穀を食していた農民たちはこの病気とは無縁でした。江戸時代晩期には、天保の飢饉で知られるように天候の異変などで、農作物の収穫が少なく、食糧が欠乏し飢餓するものが多くなりました。
当時、穀物に関する知識は人間が生き残るために必須であり、親は子供やお嫁にいく娘に穀物の大切さを教えていたといわれています。
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